訪れた場所と時期
四国
2022年8月
長女:小学5年生
次女:小学1年生
中学受験との関連
飛行機で四国に入り、レンタカーで四国をめぐる旅をしました。
高知龍馬空港からスタートして、四国山地を越え、徳島へ。
鳴門では、船に乗って渦潮を見ました。
四国山地を実際に車で越えてみると、「四国って山が険しいんだな」と感じます。
地図で見る四国山地が、実際の景色になる。
こういうのが、旅の面白さなのだと思います。
その後、香川へ。
山の中のうどん屋さんに行ったり、途中で今治タオルを買ったり。
旅行に行くときは、その土地の伝統的工芸品も一応チェックするようにしています。
この旅で買ったのは、土佐包丁と丸亀うちわ。
「その土地で、昔から作られてきたもの」を実際に手に取ってみるのも、旅の楽しみのひとつです。
そして、私がどうしても見たかったのが、ため池でした。
香川県にはため池がたくさんあると、地理で習います。
でも、ため池って、私の人生にはほとんど関係がなくて、ずっと「地理のワード」でした。
実際に見てみると、
「ここでは農業のために、水を確保する必要があるんだ」
と、少し分かった気がしました。
ただ覚えるだけだった言葉が、実際の土地の景色とつながる。
これも、子どもと旅をする面白さのひとつだと思います。
祖谷では、かずら橋にも行きました。
平家の落人伝説が残る場所。
「源平合戦のあと、この山深いところまで人が逃れてきたのか」と想像すると、歴史の教科書に出てくる話が、急に遠い昔の出来事ではなくなります。
四国の城も、いくつか車窓から見ました。
時間がなくて、実際に中へ入って見学することはできなかったのですが、高いところにある城を見ながら、
「どうしてこんなところに建てたんだろう」
と思ったことを覚えています。
城って、建物そのものだけではなく、どこに建てるか、周りにどんな地形があるかまで含めて考えると、また面白い。
四国には現存する天守もいくつかあります。
今回は訪れることができなかったけれど、今なら城そのものだけでなく、その土地の地形や歴史も調べてから見てみたいです。
そして、歴史は旅のあとにもつながります。
今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』を見ていて、長宗我部氏という名前を知りました。
「あれ? 長宗我部氏って、四国の話だよね」
そこから、以前旅行した四国のことを思い出しました。
旅行したときには、もちろんそんなことまで考えていなかった。
でも、何年かたって新しく知ったことが、昔の旅行の記憶とつながる。
今知ったことと、かつて自分が見たものが組み合わさる。
こういうことも、旅の面白さなのだと思います。
そして愛媛へ。
道後温泉にも泊まりました。
夏目漱石や正岡子規など、松山ゆかりの文学の話を思いながら街を歩いたり、足湯をしたり。
道後温泉駅前のカラクリ時計も見ました。
時間になると、大きな仕掛けが動き出す。
普通の道路のそばに、突然そういうものが現れるのも面白かった。
そして、金刀比羅宮。
ここでは、途中で長女が「もう登らない」と言い出しました。
言い出したら聞かない。
家族はそのまま上を目指しましたが、長女は途中の資生堂パーラーで一人で待つことになりました。
私は、今でもちょっと信じられない。
せっかく四国まで来たのに。
せっかく家族旅行に来たのに。
私だったら、絶対についていく。
「もったいない」と思ってしまう。
でも、もうひとつ、この旅で印象に残っているのが、金刀比羅宮で買った飴です。
飴そのものは、今でも「買ったな」と覚えている程度なのですが、あとになって考えると、
昔の人にとって、金刀比羅宮への参詣は、信仰だけではなく、旅そのものを楽しむ機会でもあったのではないか。
そんなことを想像しました。
遠くからわざわざ出かけて、参詣して、食べたり買ったり、街を歩いたり。
非日常を体験する、今の私たちの旅行と、少し似ているところもあるのかもしれません。
子どもと感じたこと
四国は、本当に盛りだくさんでした。
四万十川も見たかったし、段々畑も見たかった。
でも、帰りの飛行機の時間を考えると、全部を見ることはできませんでした。
それでも、
龍馬の土佐。
険しい四国山地。
鳴門の渦潮。
平家伝説の残るかずら橋。
香川のうどんとため池。
土佐包丁と丸亀うちわ。
道後温泉。
しまなみ海道。
車窓から見た城。
地図の上にあった「四国」が、家族の記憶の中の「四国」になりました。
そして、私にとってもうひとつ、この旅で強く残っていることがあります。
金刀比羅宮で、長女が一人で待つことになったこと。
私には、
「せっかく来たのに」
「一緒に行けばいいのに」
「もったいない」
という気持ちがありました。
でも、長女にとっては、登りたくなかった。
私なら絶対に登る。
でも、長女は登らない。
それだけのことなのです。
子どもは、自分ではない。
同じ家族でも、同じものを楽しいと思うわけではない。
親が「せっかく」と思うことが、子どもにとっても「せっかく」とは限らない。
旅をしながら、地理や歴史や文化を知るだけでなく、
この子は私とは違う人間なんだな。
そんなことを、実感した旅でもありました。
子どもは、自分ではない。
当たり前のことなのに、子育てをしていると、何度も思い知らされます。
つづく

